東京高等裁判所 昭和28年(う)4196号 判決
被告人 鄭鳳翊
〔抄 録〕
ところで、すべて証拠というものは、裁判官の自由な心証によつて、その取捨と判断がなされるのであつて、有罪の言渡をするには、必ず公判廷において取調べた被告人の供述や証人の証言に重きをおかなければならないというような法則があるのではない。法律が証拠能力を認めた供述ならば、たとえ、それが反対尋問にさらされないものであつても、裁判官において証拠価値ありと思えば、これを採つて以つて有罪認定の資料に供したとて、毫も違法とすべき筋合ではない。しかも、そのような資料が被告人の公判廷における供述と全く異る意味を内容とするものであつても、事は同じである。原判決が被告人に対する有罪認定の資料として、被告人の公判廷における供述と、その意味を異にする内容を盛つた共犯者の公判廷外の供述を録取した書面を数多く証據として採用し、或は各被害者の被害届を証據として採用したからとて、それが公判中心、直接審理乃至は口頭弁論の原則を無視したものだというような主張は、まつたく独自の見解であつて、もとより採るべき余地はない。しかり而して、原判示各事実は、いずれも原判決の挙示する証拠によつて、優に証明することができ、記録を精査してみても、原判決の認定に誤ある廉を見出しがたいので、原判決がその認定事実に対し、判示法条を適用して被告人を処断したのは、まことに正当である。従つて、弁護人Aの論旨第一点の(一)及び(二)並びに被告人の論旨(一)において主張するような違法は、ないものといわなくてはならないので、これらの各論旨は理由なきものとして排斥するの外はない。